Interviews
志村
神代 廉
ナパームフィルムズ デザイナー
監督との出会いを教えて下さい。
中学校1年の時のクラスメイトなんです。別々の小学校出身だったのですけど、そこで初めて会いました。
初めて監督と会った時の印象は?
監督は明らかに他の人達とは違っていて、目立ってました。今ほど背が高くなかったし、体の線も細いのに、自信に溢れてた。どこからこんなに自信がわいてくるのだろう?と思うぐらい。要するに、態度がでかいということなのですが。まあ、最初の内はそんなに仲良くはなかったんですよ。仲良くなったのは、ステッドラーの定規事件がきっかけです。
ステッドラーの定規事件?なんですかそれは?
ドイツに住んでいた叔父さんにお土産でステッドラーの定規をもらったんです。当時の僕にとっては宝物でとても大切に使っていたのですが、ある日教室に戻ったら、割れて床に落ちてたんです。その横に監督がちょっと困った顔で立っていて。誰がどうみても、監督が割ったとしか思えない。頭に血が上りました。それで監督に聞いたら、男らしく自分の非を認めて、謝罪したんです。「すまん、チャンバラしてたら割れちゃった」と。でも、宝物を割られて興奮状態の僕は、「で、どうするんだよ」と突っ込んだ。そしたら、監督が「よしわかった、俺を殴れ」と。
で、監督の腹を殴ったんです。監督の目が一瞬光ったのが、ちょっと怖かったのですが、これでチャラ。それから登下校を一緒にするぐらい仲良くなりました。監督が危ない人間だと気がついたのは、それから一ヶ月後の事です。教室が騒がしいので、何かなと思ってのぞいて見てみたら監督が僕と同じ小学校出身のいかつい奴とけんかをしてました。そいつはけんかが強くて有名だったので、監督やばいなあ、と心配していたのですが、監督が一方的に勝ってしまった。教室の壁や天井にまで「あずみ」みたいに血しぶきが飛んでいて、とても中学1年生の教室とは思えない。
なんと恐ろしい光景だろうと思った事を今でも覚えています。そこで初めてこの人は危ない人なんだ、今後は「殴れ」と言われても、腹を殴るのは辞めようと決心しました。実際、あれ以来僕は監督を殴ってません。
中学卒業後のつきあいはどうだったのですか?
お互い別の高校に進み、監督はすぐオーストラリアに行ってしまいましたが、手紙のやり取りをしてました。ただ、僕は筆無精なので、監督から10通手紙が来ても、1通返事を出すぐらいでした。その事で後で大分怒られましたね。僕はもともと絵を描いたり、デザインに興味があったので、その流れで監督が作った映画の映像の編集をしたり、デザイン関連を今一緒にやっています。もし、あのステッドラー定規事件がなかったら…今一緒にいないでしょうね。不思議な縁です。
では最後に神代さんにとって「北村龍平」とは?
僕の大好きなプロレスラー、格闘家に合わせてくれる大切な人。今まで船木誠勝さん、ドンフライさんと会わせてもらいました。特にゴジラの現場でドンフライさんにスリーパーホールドで絞め落としてもらったのは、一生の思い出。これからもどんどんプロレスラーや格闘家と一緒に仕事をして欲しいです。
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